2012年2月28日火曜日

なぜ Gumroad や PayPal が日本から現れないのか

Gumroad 回りが面白くなってます。足りない機能を補う Gumroad Search が出てきたり、リンクを隠す GumSafe が出てきたり、さらに GumSafe がコンテンツ URL を自分の方に抱えることで事実上 Gumroad の決済機能だけを利用できるようにしたり↓、面白くてたまりません。

gumsafe 開発ブログ:gumroadの決済URLが割れてもコンテンツURLの隠匿性を維持できる機能を追加しました

というわけで関連する情報を目にすれば興味を持って読んでるうちに、
はっきり言ってこんなサービス、やろうと思えばどこの会社もすぐできたはずなんです(実際そのように言っていた方も見かけました)。それをなぜやらなかったか?
物語を語ろう。物語を創ろう。|Gumroad の問題点についてもう少し掘り下げてみました。

という疑問を見かけました。

実は私も類似のサービスを数年前に思いついて、起業できるか考えたことがあるので、この疑問には答えられます。

答:やってみようとすればわかる。(苦笑)

いや、規制のせいです。ほんとそんだけ。

以下、起業家の視点で、この手のサービスがどう規制に阻まれてしまうかを書きます。正確なところは法律家に聞いて下さい。関連する法律はこんな感じ:

ちなみにプリカ法が資金決済法に変わりました(プリカ法は2009年に廃止)。あと外為法とかも関係してくるけど面倒すぎてやってられん。


なぜ PayPal は日本から生まれなかったのか


ディジタルコンテンツ売買決済をサービスしようとすれば、およそ以下の3つの方法が考えられます。

(A) 買い手からあらかじめお金を預かっておいて、それを代金に充てる
(B) 買い手がポイントを購入しておいて、それを代金に充てる
(C) 売買に応じて対価を送金する(現金を運ぶのはナンセンスなので、現金は運ばない=為替取引になる)

PayPal は(A)と(C)をやってます。

ここで、日本でお金を扱う商売をするときの大原則を見ておきましょう。これ豆知識な。

  • 商売で人からお金を預かっちゃいけない(出資法)→ (A) は禁止
  • 為替取引は、銀行しかやっちゃいけない(銀行法)→ (C) は禁止

PayPal 使ってる人は知ってると思うけど、2009年まで日本で正式サービスしてませんでした。それまで―資金決済法ができるまで―違法だったからです。そして資金決済法ができても、(A) は資金移動業者に許されてません。だから PayPal で「入金」しようとすると、日本ではダメって言われるでしょ。

日本から PayPal が出なかったわけは、PayPal のサービスが違法だったから。簡単。

この時点で、何が「自由のもたらす恵沢」(憲法前文)だ*%#@!、とか私などは思うんですが、まあともかく (B) のポイント制は残ってる。


なぜニフティ @pay はサービスをやめたんだろう


(B) のポイント制は、プリカ法の(多分)改正前だったらできた。でも資金決済法施行直前の時点(2009年)では、ポイントをあらかじめ購入してそれを代金に充てるという (B) のサービスは、登録許可制になってしまっていました。条件いっぱい。そのひとつは純資産が1億円あること。(ポイント発行残高と同額の資産でよくね?) さらに犯収法との関連で、本人確認が義務付けられた。

上で参照したエントリでニフティの @pay サービス終了に言及されてます。私は @pay って知らなかったんだけど、理由は想像つく。@pay が (C) の為替をやってたらそもそも違法行為なのでそれに気づいたか、(B) のポイント制をやってたらプリカ法が改正されて(あるいはすでに改正後で)規制に引っかかることに気づいた、ってところでは。ニフティは本職のユーザ登録では本人確認してないんじゃないかな。

参考:Biz-IT:インターネット法制度を知る!|第7回 電子マネー!

現状はプリカ法に代わって資金決済法が施行されてます。そして今、(B) のポイント制による少額決済は日本で完全に潰されました。なぜいわゆる「ポイント」は換金できないんだろう?と思ったことはありませんか。最近話題の Grow! はもらったチップを現金でなくアマゾン商品券にしかしてくれないんでしょう?

それは、資金決済法がポイントの換金(払戻し)を禁じているからです。つまり、一度ポイントを買ったら、それはお金以外の「物」になってしか相手に渡らない。

いま日本で可能なネット決済は (C) の為替のみです。


なぜ日本で Gumroad が生まれないのだろう


資金決済法は「資金決済システムの安全性、効率性及び利便性の向上に資する」(第1条)ためにできたことになっています。そして確かに、それまで銀行法で禁じられていた為替を「資金移動業者」が行えるようになりました。じゃあそれになればいいんですよ、とりあえず。

しかしそれは登録許可制です。その登録を得るためには、(どんなに少額の決済をやろうとしても)一千万円以上の保証資金を用意し、どんな社内体制で、どのような方法で商売をするのか説明し、さらに状況が悪化した時でも収益が見込めると(投資家ではなく!)政府を説得しなければならないのです。信じられん。失敗する自由がないわけだ。

そして晴れて登録が受けられても、本人確認が待っている。100円の決済をするのに Gumroad のように35円が得られるとします。本人確認のための人件費と郵送費はそれで賄えますか。無理です。最初の壁が超えられません。

Gumroad と同じサービスを日本でやろうとすれば、それは明らかに違法です。(C) の為替をやるのに本人確認をしないという一点からだけで分かる。だから Gumroad は日本からは生まれないのです。

ちなみに Gumroad のサービスそのものは違法じゃないです。資金決済法にこうある:
第六十三条  第三十七条の登録を受けていない外国資金移動業者は、法令に別段の定めがある場合を除き、国内にある者に対して、為替取引の勧誘をしてはならない。
「為替取引を提供してはならない」じゃなくて、ですよ。ここ試験に出ます(笑)


なぜ今 PayPal は日本でサービスできるのか


Gumroad と違って PayPal はちゃんと登録を受けたようです。こんな記事↓もあるし。


この記事では、PayPal が日本市場の規制緩和に努力し、緩和されたら一気にスタートみたいに書いてあります。でも私に言わせれば全く違う。PayPal は1998年にスタートしていて、日本人は(銀行以外は)2009年まで誰もスタートが切れなかった。2009年の時点で日本人は大きなハンディキャップを負っているのです。

PayPal がスタートアップ時に今の日本の法規制をクリアしてサービスを始められたか? 少なくとも、今の PayPal がやるよりは比較にならないほど困難だったと思います。それはつまり、今の法規制がスタートアップを阻害していることに他なりません。

そしてその法規制は、PayPal 自身が意図してるかどうかは別ですが、PayPal の既得権益を保護するように働いているのです。スタートアップの参入は困難で、参入できるのは銀行やクレジットカード会社などプラットフォームと体力があって登録のコストを引き受けられるところばかりでしょう。しかし儲けは薄い。本業で儲かっているなら(そしてその本業も法規制で守られている)儲からない分野に参入する動機は弱いでしょう。


いつものパターン?


日本経済の歴史はまったく詳しくないけど、これ同じことを繰り返してるんじゃないかなと思うのです。日本で規制されている間に Gumroad あるいは類似のサービスが海外で大きくなり、日本と世界を席巻する。「Gumroad」を「PayPal 」に置き換えてもそうだし、きっと「クレジットカード」もそうじゃないのかな。

日本のこれらに関する法体系は、基本的にすべてを禁止(出資法と銀行法)しているので、サービスが政府や立法者に明らかになってから特別に許すようになってます。イノベーションは政府や立法者が分からないところにこそ起こる。だから出資法と銀行法が現在のままである限り、日本において決済のイノベーションは原理的に起きないと思う。起きるとすれば、脱法行為か、海外から来るかのどちらか。

日本において、銀行(両替商)や為替が、出資法や銀行法の前に成立しているのだって、そういうことでしょう。

規制は必ず利用者の保護を目的に導入されます。それはサービスへの要求を高めることです。だから規制は必ず新規参入を阻害し、規制導入前に始めた業者の既得権益を確立する。これがいつものパターンなんじゃないかな。


何のための保護なのか


資金決済法の制定に関わった人へのインタビューを、このエントリを書くときに見つけました。

NRI:金融ITフォーカス2010年6月:金融×IT対談 [PDF]

天を仰ぐ、とは、まったくこのことです…。ネット決済業を自分でやろうとすれば、一番コストが高いのは本人確認だとすぐ分かるのに。

資金決済法が、その目的のひとつである「決済の利便性」を向上できずに失敗したことは明らかです。法が施行されて2年半あまり経ちました。世界屈指の GDP を持ち、ネット大国のひとつである日本の、世界最大の都市である東京を抱える関東財務局で、資金移動業者の登録はなんと、たったの19社です。

関東財務局:登録会社等一覧

そしてまともにサービスしている業者は、私の知る限りひとつもありません。(そりゃ Gumroad が話題になるくらいだから…)

安全や保護もいいけど、サービスがそもそも無ければ意味がありません。分かった、日本の資金決済は安全だ。できないけど。


どのようなテロや組織犯罪をどの程度我々は想定するのか


現金の受け渡しによる決済が日常生活からどんどん減り、代わって銀行振込や自動引き落とし、クレジットカード払い、カードへのチャージと支払いが増えていますよね。これら現金以外のお金の受け渡しは、犯収法によってすべて本人確認が義務付けられています。10万円以下などで本人確認が不要なのはあくまで例外として規定されているだけです。

ネット決済を例にとっても、この本人確認は我々犯罪やテロと無関係な個人に負担を求めます。その度の面倒だけでなく、便利なサービスが立ち上がらないこと、そしてそれによる雇用増で職を得られないこと。

でも、私は思うんですよ。近年の日本で組織犯罪やテロと呼べることで大きな被害が出たのは、19971995年のオウム地下鉄サリンくらいですよね。オウム真理教の資金源は信者の寄附と関連業務(PC販売業とか)だったんでは。それとも関連組織があったのに分からなかったの?

ともかく、そうだとすれば、組織犯罪やテロを防止するために最初に見なければいけないのは宗教団体の金じゃないのかと。

もちろん、組織犯罪には金がかかるから金の流れをチェックするのは犯罪(もしあるとすれば)の防止に有効でしょう。でも、それをやることで、その他の大多数の、犯罪と無関係などころか生活に必要な金の流れを阻害していていいんでしょうか。

ちょっと喩え話。犯罪では人の移動がある。だから駅の改札で毎回必ず本人確認を義務付ければ、犯罪の防止に有効だ。じゃあやりますか? それじゃ学校や会社に着けないって?

同じだと思うんですよ。金の流れ、人の動き。どちらも人の通常の行いだから、生活にも犯罪にも当然使われる。

GDP は単位時間(年)当たりの取引額で、簡単に言えばお金の速度です。お金の速度を上げれば GDP が上がる。改札での人の流れを本人確認で阻害すれば、電車の輸送力が落ちる。同じように、お金の流れを本人確認で阻害すれば、GDP に負の影響を与える。

世界経済のネタ帳:日本の GDP の推移

犯収法は2007年施行ですが、GDP の低下と関係ないのかな。犯罪のためのお金を GDP に含めたくはないけれど、犯罪と無関係だけど無名の取引だって GDP には寄与していたはずでしょう。

もし本人確認が GDP に悪影響を与えてるとすると、我々は(どの程度のものがどのくらいの頻度であるか分からない)組織犯罪を防いではいる(かも知れない)けど、そのための不景気で、就職ができない大量の新卒を出し、もしかしたら事業が立ち行かなくて自殺する人を出してるかも知れないと思うんですが…

善良な一般市民が過大な負担を負わないように犯罪を防いだり捜査をするのが警察の仕事でしょう。それに、犯罪防止と捜査のためには犯罪に関係あるお金の動きさえ追えればいいはず。すべての人に関する金の動きを、しかも市民に記録させるなんて、手を抜き過ぎではないのかな。必要なら税金は払うけど、経済を妨げてはいかんと思うよ。

(児ポ法関連で出てくる情報の単純所持違法化も同じ構造だけど、これについてはまた機会があったら。)


まとめ


イノベーションは自由の下でしか起きません。他者に危害を加えない限り自由、という状態を超えて保護をする(=他者に危害を加えないのに規制される)ならイノベーションは阻まれます。そして決済に関しては、出資法と銀行法のために、日本では全てが原則禁止です。許される時には犯収法がコストを上乗せする。

だからクレジットカードも PayPal も Gumroad も日本からは生まれない。そう思います。

そしてそのこっち側には、保護されたい、安全を求める我々がいます。我々が安全と保護を求めれば求めるほど、法規制が行われ、業者のサービスへの要求が高まり、イノベーションが阻害されあるいは既得権益が確立し、その結果として我々は不便と不況を被るわけです。

日本のサービスは安全です。職はないけれど。